オンラインショップ ホーム | ご利用案内 | 商品検索
サイトマップ | お問い合わせ
光言社ホームページ
  買い物カゴを見る
ホーム >> 商品検索 >> 定期刊行物 >> 中和新聞
他の商品を探す
ショッピング
キャンペーン
新刊・新商品
定期刊行物
オンラインサービス
ダウンロード
フォトアルバム
webマガジン
webラジオ
webムービー
愛美書店
中和新聞 2008年6月15日号
拡大する

中和新聞 2008年6月15日号

vol.730

・第46回「真の万物の日」を祝う
・第26回「全国統一慰霊祭」開催もどる

  • 通巻 730号 (月2回、1日・15日発行)
  • タブロイド判 12面
  • 2008年6月13日 発売

定価 : 150円(本体143円)

買い物カゴに入れる

 在庫状況 : あり

 

主な記事     読みどころ     バックナンバー

主な記事
  • 第46回「真の万物の日」を祝う
  • 特集: 第26回「全国統一慰霊祭」開催
    ・ 特別メッセージ: 全国祝福家庭総連合会総会長 任導淳
    ・ 説教:世界基督教統一神霊協会会長 徳野英治
  • 孝進様の思い出: 立石雅也(下)
    「相対者の昇華を通して孝進様の痛みを知る」
  • 千葉、神戸で文孝進様追慕大会
    ・ 追慕の辞: 崔妍娥様 「計り知れぬ大いなる恩師」
    ・ メッセージ: 文亨進様 「真の家庭を一つにされた」
  • 紙上説教: 世界基督教統一神霊協会会長 徳野英治
    「信仰の原点と我々の責任分担」
  • 清平リポート
    ・ 大母様のメッセージ 「アフリカの二世教育に支援を」
    ・ 興進様・大母様アフリカ巡回
  • 私の出会った文鮮明先生:酒井達夫 (4)
    「お父様とイエス様の姿を重ね歴史的な場面でカメラを回す」
  • 伝道最前線 (6): 西南東京教区大田教会 渡邊敬蔵
  • 原理講論を読む(21): 阿部美樹 教育部長
    「み言葉を生命視、生活化する姿勢が大切」
  • 原理の要点と祝福の意義と価値 (3): 中村惣一郎
    「三対象目的の完成とは三対象を愛し、愛を受けること」
  • マンガ「炎の伝道師 松本道子」 第10話
    「あなたの娘になりたい」
  • [宣教50周年記念] 草創期の思い出 : 桜井節子(6)
    忠心教母・松本ママに思うこと / 日本統一教会の母親役
  • グラビア : アベルUN圏出帆宣布韓国大会
    ・ 文亨進様が父母様を紹介「真のお父様は私のメシヤ」
    ・ 第46回「真の万物の日」父母様、麗水でケーキカット
    ・ 第26回「全国統一慰霊祭」
上へもどる
読みどころ

◇ 第26回「全国統一慰霊祭」 特別メッセージ
 全国祝福家庭総連合会総会長 任導淳


任導淳先生  お父様は大変なことがあっても、子女様方を霊界に送っても、涙一粒も見せられません。蕩減の道は感謝して行かなければなりません。恨んだり、不平不満を言ったり、呪っては蕩減にはなりません。感謝して乗り越えることで蕩減が終わるのです。だからすべての歴史的な恨みを父母様一代で、父母様のご家庭ですべて払わなければなりません。
 お父様はどんな厳しいことがあっても、悪口を言われても、悲しいことがあっても、感謝して乗り越えていかれました。全身全力を尽くして行くべき路程を教えてくださいました。
 遺族たちもここで泣いてはいけません。感謝して、私の子供が逝くことによって、氏族のすべての蕩減を払って逝ったと思いましょう。祭物の前には王様も頭を下げるしかありません。祭物として逝く人に泣いたら、行くことができません



◇ 紙上説教: 「信仰の原点と我々の責任分担」
 世界基督教統一神霊協会会長 徳野英治


徳野英治会長  入教して間もないころ、金元弼先生(36双)の「愛の減少感」についての講話を読んだことがあります。その講話は、その後、私に訪れるさまざまな信仰的試練を乗り越えていく上で大きな糧になりました。
 簡単に紹介すると、「愛の減少感」には、友人などの横からの否定、部下やカインなど下からの否定、そして上司やアベルという上からの否定があります。それらはいずれも信仰で乗り越えることができます。しかし乗り越えるのが難しい最後の「愛の減少感」があり、それが神様からの否定だというのです。
 では具体的には、どういうことが神様からの否定になるのでしょうか。例えば、祝福がなかなかうまくいかない、相対者を与えられない、与えられても壊れてしまう、あるいは相対者や子供が昇華してしまうということもあるでしょう。
 そういうときは教会を恨むこともできないし、アベルを恨むこともできません。結局、自分は神様から愛されていないのではないか、必要とされていないのではないかという思いになります。そしてそのことで神様を恨んで、結局は離教してしまう例も多くあるのです。

     
   
 

 バックナンバー

 
     
 
このページのトップへ ページトップへ